美しい?標本作成について
この「美しい」というのは、あくまで私の主観です。
さて!
「どうやって標本を作るんですか?」という、はじめの一歩のような質問から…
「触角の整形が上手くいきません。何かコツがありますか?」と、すでに何度も挑戦して上手くいかないお子さんから…
イベントに出向くと、いろんな質問をいただきます。
インターネットや書籍などで標本作成方法は色々と説明されていますので、基本的なことは、そちらを参考にして下さい。
ここでは自身の経験(失敗談を含め)を通して、私がこだわっているところ、気にしていることをお伝えしたいと思います。
(状態の良い標本とは!)
まず、キッズイベントでよく質問される一つです。
多くの方が、お亡くなりになった昆虫を標本にするもの!と思っておられる。
もちろん、それがダメだとは言いません。
ただ、昆虫がお亡くなりになると、すぐに腐敗が始まります。
硬い外骨格で覆われたクワガタムシも当たり前に内臓や筋肉を持っています。それらが腐敗を始めると臭います。容量の大きいカブトムシと比べるとずいぶんマシですが、それでも…香りを気にする私にとってはダブルフォルト以上にアウトです。Stinky!
「もののけ姫」のナゴの守(猪神)がお亡くなりになったときが思い出されます…。
常温で数日放置すると本当に危険な香りへと…苦笑
そして、パッと見は美しい標本に見えても、実は壊れやすい(頭部が外れたり…)、もろい標本となります。
状態の良い標本にするためには、かわいそうですが御命をいただいてから標本にして下さい。
(殺虫方法)
これもよく聞かれる質問です。
生きもの好きの子どもたちは、「殺すなんて可哀そう!」と思うことでしょう。それは、とても大切な心(気持ち)です。
私も殺虫するときは、いつも申し訳ない気持ちで一杯になります。末永く大切に活用しますので、ごめんなさい!と心で思いながら御命を頂戴します。
では、どうやって殺虫するのか?一番、安らかな殺虫方法は、クワガタムシを小型のジップロック等に入れて冷凍庫(冷蔵ではありません)へ!
30分ほど入れると確実にお亡くなりになります。冷蔵庫に昆虫を入れるなんて!と抵抗のあるお母さまも多いかと…そこはご家族で話し合って下さいませ。
また、飼育して愛着の湧いたクワガタムシを冷蔵庫に入れて殺虫するのも辛い!悲しい!という方へのアドバイスとしまして…
毎日、観察しているとそのクワガタムシの死期が予測できます。体重がどんどん軽くなり、動きもだんだん鈍くなり、最後はスローモーションのようになってきます。そうなったときに、冷凍庫でサッと安楽死させてあげて下さいませ。
何度もお伝えしているように、死ぬとすぐに腐敗が始まりますので、その前に冷凍庫です!最後ギリギリまで看取ってあげて下さい。
私がお伝えできる、最良と思えるアドバイスでございます。
王道で行かせていただくと、やはり薬品で殺虫することをお薦めします。
なぜなのか?
薬で殺虫すると、体に残った毒成分のおかげで防虫効果が得られるのです。シバンムシやカツオブシムシなど標本を好んで食べる昆虫がいまして、苦労して完成させた標本から細かい粉が落ち始め、いつのまにかボロボロに…。
特に死んでから標本にした昆虫は、腐敗臭が漂いますので、シバンムシたちをさらに集めてしまいます。私たちにとっては腐った臭い…だけど、この虫たちにとっては良い香り(御馳走)なのです。
そうそう、シバンムシって、「死番虫」と書きます。
死の番人を大切な標本たちに近づけないようにしましょう!
(薬品について)
プロフェッショナルの多くは、酢酸エチルを使っています。購入するには身分証明書などが必要となります。子どもさんは1人で扱わないようにして下さい。必ずお父さまやお母さまと一緒にお願いします。
さて、私も酢酸エチルを使っています。なぜかと言いますと…
酢酸エチルと比べて消毒用エタノールは毒性が弱いため、お亡くなりになったと思っても、また、復活するときがあります。展脚整形している最中に、動き出したことがありました。苦しい思いをさせて、たいへん申し訳なく思いました。そんな理由で酢酸エチルをお薦めします。
毒殺したときの手痛い失敗談をお伝えします…
クワガタムシはお亡くなりになるときに筋肉をグッと収縮させるのでしょうね。収縮した状態で完全に天に召されますと、特に大あごが開かなくなります。私の好みの形は、大あごの先端を頭幅と同じぐらいに開くことです。なので、閉じたままだと困るのです。
何度か痛い失敗をしていますが、一番ショックだったのは…
ヒラタクワガタの大あごが閉じたまま固まってしまい、無理矢理開いたら、大アゴの基部がバキッと割れてしまいました。
それがよりによって友人が久しぶりに採集した72㎜越えの野外産としては、スーパーなヒラタクワガタだったのです。
修復努力をしたのですが、割れてしまったものが完全に戻るわけはなく、気持ちがかなり落ちました。
気持ち良く譲ってくれた友人に申し訳なくて…
大あごが固まって動かなくなる危険性の高いクワガタは、ヒラタクワガタ、大型のノコギリクワガタ等です。力強く挟み込むための強靭な筋肉を持っている種類は要注意です。
殺虫するときは気を付けて下さいませ。
それを防ぐ方法の一つは、殺虫してすぐ(硬直が始まる前に)、大あごを開いて、ペットボトルのキャップなどを挟ませて下さい。大きく開いた状態であれば固まっても大丈夫です。伸びた状態の筋肉を閉じることは簡単なのです。
殺虫後、すぐ標本作成に取り掛からないのであれば、消毒用エタノールをたっぷり含ませたティッシュにくるんでプラケースごと冷蔵庫に保管下さい。そのまま常温で放置すると、消毒用エタノールで浸していたとしても、悪い臭いが出てきます。
(標本の整形について)
これは自分の好みの形を優先して下さい。
標本はこういう形でないとダメだ!なんてことはありません。
私の整形が美しい!真似したい!と思う方だけ一読いただければと思います。
整形するときに私が大切にしているポイントをお伝えします。
真横からの写真を見て下さい。足をしっかり水平(レベル)にすることが美しさのポイントです。爪先までしっかり水平に!これが下がってしまうと、私は美しいと思えない。
触角もそうです。ピタッとレベルになっていることがポイントです。
触角は、しっかり伸ばすこと!そして、直角または80度ぐらいが私好み。
触角の整形はビギナーにとっては難関です。
私の整形方法はプレートに展脚をしてから、触覚だけは整形せずに放置します。1日置くと、少しずつ固まって(乾燥して)きます。あまり固まり過ぎてから、整形しようとするとポキッと折れたりして、これまた面倒なことになります。少し固まり始めたぐらいの時に、指先で触角をつまんで、ゆっくりと真っすぐに伸ばして下さい。しっかりピンと張り詰める感じです。
その状態で数日置くと、ピンと伸びたまま固まってくれます。
このままだと触角は真っすぐに伸びたままなので、これを直角にしなければなりません。曲げる部分に少し消毒用エタノールを垂らして下さい。1分ほどすると、可動するようになりますので、うまく昆虫針を使って、ゆっくり慎重に折り曲げて下さい。
可動部以外にエタノールがかかってしまうと、せっかくピシッと伸びた触角が軟化されてフニャリ…。可動部だけにピンポイントで消毒用エタノールを付けて下さい。
一番は、何度も練習することです。子どもたちは失敗から色んなことを学びます。
どんどんトライしてみて下さいませ。
もう一つ、私が気にしているところは爪先です。
これまたピンと真っすぐに伸ばします。
美しさは爪先にある!
バレーや新体操もそうですが、指先までピシッと伸ばして演技をされているから、私たちは美しいと感じます。
一度、固まってしまうと、美しく伸ばすことが難しくなります。
殺虫してすぐに、爪先を伸ばして癖をつけておくことをお薦めします。爪先の基部にも当たり前に筋肉がありまして、お亡くなりになると、収縮して自動的に丸くなります。その筋肉が固まってしまってからだと、なかなか伸びません。無理矢理伸ばすと、よく爪先だけが外れます…。
まぁ、接着剤でくっつければ良いのですが、できれば修理はしたくないですよね。接着剤は瞬間接着剤が良い!という標本制作のプロもいらっしゃいますが、私は再修正もしやすく標本にも優しい木工用ボンドをお薦めします。子どもたちが扱うにも安全ですし!
最後に、私は標本に針を刺しません。
傷をつけたくない!という気持ちがありまして、小型個体はもちろんですが、大型個体もすべて台紙にマウントします。
マウントの欠点と言いますか…気を付けることは、時間の経過とともに接着剤が劣化して台紙と標本が当たり前に外れやすくなります。大きな振動を加えると、コロンと台紙から転がって、触覚などがポキッと折れてしまうこともあります。
普通に保管していて、外れたことはありませんので安心ください。
イベントで子どもたちに見てもらおうと持ち運んでいて外れたことがありました。標本ケースを入れていたリュックが机からコロンと下に落ちてしまったのがいけなかった。かなりの振動だったと思います。それでも外れたのは1個体だけでした。触角が折れたのが痛かったですが、ちゃんと修復できました。
私の友人のお話も少し!
青森県在住の友人も台紙にマウントするのが好きな方でした。しかし東日本大震災のときに、多くの貴重な標本が転がり、箱の中で壊れてしまったそうです。それ以降、特に大型甲虫のマウントは止めたそうです。
あのような巨大地震は滅多にきませんが、ずっと言われている関東大震災の可能性もあるわけです。備えあれば憂いなし!
皆さんの大切な標本です。色々と考えて対策をして下さいませ。
私の「針刺ししない!」ポリシーは変わりません~
他にも色々ありますがキリがないので、このあたりで終わりにしたいと思います。
「美しい昆虫標本」と題して美術館で昆虫展が開催されていました。以前より、標本の美しい見せ方に注目が集まっていると感じます。
昆虫標本作りは、子どもたちにとってplusの学びがたくさんあります。
作りながら、触角や爪先、口の部分など、必然的によく観察します。
ここがこうなっているんだ!ここだけ色が美しい!こんなところに突起がある!爪先をよく見ると、爪の間にさらに細い爪がある!
そして、気付いたことに対して、疑問が生まれます。
この色合いの意味は?なんで小さな爪があるのか?
すべての色や形には意味があります。生き抜くために必要だからです。
子どもたちの観察力は高められ、発想力が磨かれます。
手先を細かく使うため、脳の活性化にもつながります。
昆虫標本の素晴らしさを、色んな意味で、見直していただきたいと思います。
子どもたちにとって、たくさんの学びがそこにありますので!
昆虫標本の作成は、アメリカが大切にしているHands-On教育の一つだと私は思います。
昆虫採集の文化はアメリカにはありませんけどね(笑)
【執筆者:川原 洋】